2023年06月22日

うちの墓地にある顕彰碑

私の家の墓がある墓地に、結構大きい顕彰碑が立っている。
「誠正義行」と横書きで題がある。おそらく右から読む。内容は土地の義士とされる岩澤五平氏を称えるもの。私と同族で、村の二代目村長を一年務めた。以下に内容を写す。
「岩澤五平君ノ碑
 君ハ性行端正温厚忠實ノ人ナリ父ヲ長平ト曰ヒ世々造田村ニ住スル一之名門ナリ
 時勢ノ進行ヲ達観シテ地方ノ民産ヲ増殖セント殖産ニ工業ニ勤倹貯畜努
 力盡淬セリ今其一二ヲ摘挙センニ種苗組合ヲ組織シテ殖産興業ヲ敷吹シ或ハ
 青年會ヲ誘掖シテ風俗ノ改善道徳ノ向上ニ力メ或ハ日清日露戦役ノ起ルニ際シ出征軍
 人ノ家族ヲ訪ヒ其愁苦ヲ慰藉シ且ツ家政ノ貧シキ者ニ逢ヘハ私財ヲ投シテ各種ノ業ヲ
 営マシメ或ハ戦病死者ノ忠魂ヲ永久ニ存セント熊山ノ頂嶺ヲ崩平シ數百歩ノ遊
 園地ヲ作リ忠魂堂ヲ建立シ學童歓舞ノ運動場トナシ或ハ町村自治ノ政令出スルニ村會ニ郡
 會ニ議員トナリ村長トナリ村農會長トナリ信用組合長トナリテ三十余年ノ久シキ波ニ此ニ奔走ニ直
 接ニ間接ニ産業發展ニ力メ或ハ道路ヲ改修シテ物貨ノ運輸交通ノ利便ヲ企劃シ明治四十年桑苗
 價直俄ニ低落シテ斯業幾ント絶エントスル時ニ方リ君大ニ憂苦シテ自ヲ私財を費シテ各府縣ヲ巡回調査シ
 接木ノ改善販路ノ擴大ヲ○議シ或ハ資力乏シキ者ニハ金力○盡シテ之ノ支持ニ勉メ勧奨シテ暗○○ルヨリ十有
 余年ノ今日始メテ本村○縣下苗木ノ位ニ達シ各方ヨリ購買ヲ喧呼シ来シハ之ニ君乃斯業界ニ及
 ホス効果ノ著大ナルモノトス加之尚ホ将来ニ君カ努力ニ待ツモノ多大○○シニ惜哉大正六年三月病
 魔ノ襲フ所トナリ一枕終ニ起タス六十四歳ヲ一期トシテ先塋ノ側ニ永眠スその訃各方ニ達スルヤ地方ノ各
 人暗夜燈ヲ滅スル如ク其悲泣父母に齊シ因テ以テ君カ功績ヲ後世ニ存セン為ノ種苗組合員相評
 扁石ヲ建テ以テ其同恵ニ報ヒ地方後昆ノ亀鑑トナス豈ニ他心アランヤ
   大正六年十月 日      造田種苗組合建之
                  知友 河野○書之」

読めないところや書体が無いところは○にした。

裏には名簿が有り、当時の造田種苗組合員と思われる名前が載っている。
最上段は恐らく上役の15名、其の下にずらりと55名と石工二名と設置した人の名前がある。
以下に名簿を写す

岩澤数太 木村幸吉 山下休次郎 寒川正廣 岩澤勝美 石井豊造 細川只蔵 砂川新四郎 井上團次 安富宇平 木内友七 林○市 細川泰造 林源次郎 林忠次
山津利三郎 玉木伊惣吉 岩澤判朔 伊藤梅太郎 多田弁造 砂川興八 林重一 板倉惣吉 木内○吉 林廣太郎 林虎吉 山津與市 林才太郎 中村良平 砂川富○郎 山本千次郎 三宅雪守 八大憂次 杉本幸七 藤本茂蔵 十川善吉
岩澤久平 岩澤吟五郎 山津勘造 川北清造 三宅粂大郎 山地定守 岩澤真祐 林喜大郎 寒川筆三郎 大野武市 川北丹造 砂川真彦 藤本良太 穴沢熊太郎 川田岩吉 林加藤二 玉木達造 松尾泰吉 ○木伊勢八
○川○四郎 岩澤昌博 十川○八郎 十川九平 十川藤次郎 岩澤為一 岩澤丈太郎 高橋○一 林嘉次郎 岩澤紋次郎 穴吹六三郎 寺尾○太郎 北山富助 中村幸吉 川北政八
石工志度町 畑田正一 鎌倉文吉
搬技長 大○喜八

この頃には岩澤章象氏も活躍していたはずだが名前が無い。

私事ではあるが、この名簿の中の寒川正廣は私の母方の曾祖父、岩澤昌博は父方の曾祖父に当たり、昌博は五平氏の次の村長だった。
posted by ひろのり at 16:49| ルーツ調べ

2022年03月20日

今日の出来事

おそらく、人前でミドルボイスが出た
その際歌ってた曲の反応がなんか不思議な感じだった。
曲はハードロック。集まりがオタク系カラオケオフなので、それに私だし、当然アニソンである。
歌った後、これ何の曲です、と言われて「超音戦士ボーグマン」のOPと答える。EARTHSHAKERの「DON'T LOOK BACK」。
古い曲なので知らない人が多い(その集まりは比較的若い人が多い)かもしれないが、なんかそういう戸惑いでは無い、別の雰囲気を感じた。
戸惑いなのは確かなのだが、何やら場違いという感じを感じた。もちろん今書いたようにTPO的に問題は無い。
いや、そのとき自分も自分の声に戸惑っていたのだけど。
この曲、知ってる人はわかると思うのだがずーっと男声の高いところをキープする曲である。
最初からミドルボイスで通したように思う。
あと、初っぱなだったので結構音程のキープに難があり結構外した部分はあったが、それはどうも関係ない感じがする。
「なんでこんな声の人が居るの?」という感じなのかなと今は推測している。それ以外なら想像も付かない。
でも、個性的な声の人や、男声でもすごい高音を出せる人もその場にはいたのだよ。

それ以外は(いや、苦であったわけでは無く戸惑っただけだが)とても楽しい時間を過ごした。最初に声をかけた人(「緋色の空」を入れた)に「渋い選曲ですね」と言ったのも良かったみたいで、その人には「同志を見つけた」みたいな反応をされた。
あと、海外の人や、非常にシャイな人も居たけど、周りも「そういうもんだ」みたいに仲間意識で楽しめた。
海外の人も二人居たのだけど、一人はまだ日本語がよくわからないらしいのだけど、歌うときにはすごい流暢に日本語で歌っていたので、歌って言語を越えるんだな〜みたいな。
で、その人に、自分が入れた曲(本好きの下剋上二期のOP「つむじかぜ」)の題名がリクエストリストに表示されたときに、「これって、本好きの下剋上の主題歌ですよね」と問われて、思わず「よくご存じですね」と返してしまった。いや、失礼で無ければいいのだけど、好きな曲が知られていたのがうれしくて。私が歌ったときに一緒に合わせてくれたので、その人も好きなんだなと言うのはよくわかった。
その二人が最後にデュエットでkalafinaの曲を歌ったのがすごくきれいで良かった。(二人とも男性です)

後は、ダブルAKINO(新居昭乃とAKINO from bless4)の「月明りのMonologue」を歌ったら、興味を持った人が居て、OPがデーモン閣下とAli Proの宝野アリカというすごいデュエットの「時空の迷い人」で、EDがこの二人という、わかる人にはすごくよくわかるとんでもない布陣のアニメ「八男って、それはないでしょう!」を紹介した。
ただ、作品自体はあまり評価されていない(COVID-19の流行った頃の作成のために人手が足りなく絵の質が良くなかったのが影響していると私は思っている)のだが…
AKINOさん達もそのときには伝わらなかったのだけど、一人(AKINO from bless4)は「創聖のアクエリオン」やアニメ艦これの主題歌「海色」歌ったとか、もう一人(新居昭乃)は「マクロスプラス」の主題歌やったとか言えば良かったかもしれない。

まあ、すごく楽しい一日だったのは確か。
posted by ひろのり at 01:05| Comment(0) | 日記

2019年07月23日

家制度から見た家系

祖父や祖母の兄弟とかの話を聞くだけで、今とは隔世の感がある。
その上の世代とかになるともうどこの世界だという感じである。
まだ法制化はされてないが、既に選択制夫婦別姓も秒読み段階である。
だが、家制度が色濃く存在していた時代の話を聞くこともできる。
だがその頃は「姓」ではなく「家」が重要だったことも見えてくる。

私の父方の曽祖父は一度養子に出されていて姓も違っていた。しかし家の事情で復帰し、実家を継いだ。
実家に戻ったのは、どうやら曽祖父の兄が理由らしい。曽祖父の兄は「家」を出た。別に家出をしたとかではなく一家を築いたのだが、実家からは縁を切られた。「家」と「嫁」の二者択一を迫られたらしい。「嫁」を取り、その穴埋めのために曽祖父が戻って「家」を継ぐことになった。
ところが曽祖父と養家の縁は切れなかった。縁をつなぐ意図で曽祖父の娘がその家に嫁入りしている。

ちなみに曽祖父の兄の家は今も続いているようだ。だが、曽祖父が村長になったこともあり、現在では曽祖父の筋が一族の中では最も偉いということになっているようだ。

父方の祖父は四人目の男で、長兄は家を継ぎ、その次の二人は他家に婿入りしたらしい。祖父は分家し、私はその三代目となる。
大叔父たちの婿入りした家はかなりの旧家らしい。一つの家は私も聞いていて、江戸時代には日本一の学者を出したという。以前、その家の人、父の従兄だが、に会ったが気さくな人だった。名字はうちとは違う。
叔父も婿入りして名字が変わっている。どうも私の男系では、婿養子で相手の家に入るのは普通のようだ。

母方の曽祖父は若くして亡くなった。曾祖母は長いこと存命だった。祖父が言うには「父が若死にしたのでうちの家がつぶれた。立て直すのに大変だった」とのこと。
で、曽祖父が死んだあとはどうしたのかと聞くと、曽祖父の後にその弟が曾祖母の後添えになったそうだ。父方の例も見れば、この世代には自由恋愛というものはないらしい。ちなみに祖父の兄弟は全て曽祖父の子供らしい。

また、母方の祖母の兄弟が、父方の祖母の実家の分家に婿入りしたという話を聞いている。というわけで、私の両方の祖母は親戚である。このころの家の事情から考えると、同じクラスの家柄なのだろう。歩いていける距離にある。
母方の祖母が亡くなった時に、その親戚から父に対して知らせが遅いとクレームが来た。クレームが母方ではなく父方に回ってきたことでも縁がつながってることがわかる。

私とは血は繋がらないが縁は繋がる同じ名字の家が隣の村にある。元は違う名字だったのが、複雑な縁組の後、私と同じ名字のまま元の家を継いだらしい。元々大きな家で、その本家が絶えそうだった所に縁組が行われた、らしい。家が絶えるより名字が変わることを選んだのだろう。
posted by ひろのり at 09:45| Comment(0) | 日記